中華料理店の陽気なブッダ(陸奥新報リレーエッセイ「日々想」6月掲載分)

【サイの歩きかた】 当山住職のノートです。月1回程度、更新します。今回は、陸奥新報リレーエッセイ「日々想」6月7日掲載分のエッセイです。

アメリカの中華料理店のレジ横には「ハッピーブッダ」とか、「ラフィンブッダ(笑うブッダ)」、「ファットブッダ(太ったブッダ)」、或いは「ジョリーブッダ(陽気なブッダ)」等と呼ばれる金ピカのブロンズ像が鎮座している。大きさも姿形も様々だが、僕の通うどこの店にも置いてあったので、きっとアメリカじゅうの中華料理店のレジ横に奉られているのだろう。

「ハッピーブッダ」は分かる。「笑うブッダ」もよしとしよう。しかし、「太ったブッダ」とはなんだ。昨今のダイバーシティの流れでは肥満差別だと怒られそうだし、今どきデブにデブと言う奴はいない。「陽気なブッダ」はどうだろう。オーケー、アミーゴ。ブッダはソンブレロをかぶって陽気に歌い踊るスティーヴ・マーティンなのか。

「アメリカでは、あれをハッピーブッダと呼んで、太鼓腹を撫でると幸せになると言われてるんだよ。だから腹だけが黒光りしてる。でも、そもそもあれ布袋だからね、ほら、七福神の布袋」僕が初めてアメリカの中華料理店に連れていってもらった時、先輩は笑いながらその金ピカ像を説明した。アメリカ人は合理的で論理的、ベタなご利益とは真逆の存在だと思っていた僕はアメリカ仏教の別の側面を知る。像の前には賽銭が積まれていたりもするのだ。

ネットで「ラフィンブッダ」を検索すると幾つかの英文記事が出てくる。例えばこうだ。『その大きなお腹と袋の大きさは、幸運、繁栄、豊かさを表すとされ、日本の七福神にも数えられている。いつしかレストランやバーの守護神となり、レジ横に置かれるようになった。』

更に検索するとこんな英文記事も見つかる。『(笑うブッダは)頭陀袋の中に子供たちの為のおもちゃやお菓子を入れて、町から町へと旅をしていた。袋一杯のおもちゃやお菓子目当てに子供たちは彼の後をついてきた。彼は子供たちにプレゼントを配ると同時に、彼の寛大な行動を通して子供たちに法(ダルマ)を教えた』なるほど、いつの間にかサンタクロース的な要素も追加されている。

「撫でる系の信仰」は、日本はもちろん、世界各国にある。僕の祖母は撫で牛を持仏として大事にしていたし、お腹が痛い時はいつも撫で牛を僕のお腹に当てて拝んでくれた。他にも撫で仏、撫で木、撫で岩、大阪のビリケンもそうだし、柴又駅の寅さんの左足もご利益があるとされて、そこだけ黒光りしている。とにかく、僕たちは古来より様々なモノの奥に、何かを見、撫で、繋がり、病気平癒や所願成就を祈ってきたわけだ。

しかし、今、新型コロナウイルス感染拡大防止により「撫でる系の信仰」の対象を撫でることができなくなっているという。つまり、僕らは今、ハッピーブッダの太鼓腹を撫でることができない。これは人類始まって以来の危機だ。僕たちは何かを撫でたい。撫でて何かと繋がりたい。そこに理由はないし、理由なんて後からそれらしく作られていくものだろう。コロナ時代、ニューノーマル、僕らはこれから何を撫で始めるのだろう。(終)

(陸奥新報リレーエッセイ「日々想」6月7日掲載)
※2020年4月〜9月まで、第1日曜日発行の陸奥新報朝刊に住職のエッセイが掲載されます。