法永寺史《その十八》〜妙持稲荷大明神について 法永寺院首日珖・記(寺報ぎんなん/平成6年7月18日号掲載)
当寺の妙持稲荷大明神は、宝暦3年(1753年)に京都の伏見稲荷大社本願所「愛染寺(あいぜんじ)」より神璽(しんじ)を受け勧請した稲荷であることについては、先に述べた通りであります。
今回は、当寺の妙持稲荷は、仏教的稲荷神であることについて述べたいと思います。
何故仏教的稲荷かというと、愛染寺(あいぜんじ)の初代住持「天阿(てんあ)上人」は真言宗の神照寺(長浜市)で剃髪得度した方で、真言密教による稲荷の行法を大成した行者であったからです。後に上人は、剃髪得度した神照寺の第11世住職となり、延宝2年(1674年)5月15日にこの神照寺において遷化しております。
法永寺が愛染寺から神璽を受けたのは、天阿上人が初代住持となってから120年も後のことですが、おそらくこの天阿上人の大成した仏教的稲荷を受けたものと思われます。ご神体として荼枳尼(ダキニ)像か、或いは、それを表したお札か、または、「稲荷社安鎮證書 本宮 愛染寺」と書かれた木札のようなものを受けたと思われます。しかし、当山の妙持稲荷大明神のご神体については今のところ不明ということにしておきます。もう少し時間をかけて調べてみたいと思います。
明治元年の神仏分離によって愛染寺は廃寺となり、これによって伏見稲荷大社は、仏教的稲荷と縁を切り、完全に神道的稲荷社となりました。したがって、現在の伏見稲荷大社の神道的稲荷のご神体と当山の妙持稲荷大明神のご神体は異なることになります。(次号へ)
