法永寺史《その三十》~日本海中部地震について ② 法永寺院首日珖・記(寺報ぎんなん/平成28年11月1日号掲載)
前号で日本海中部地震が法永寺全面新築事業の遠縁となったことを述べました。すでに述べましたようにこの地震による被害は甚大でした。倒壊した墓石は墓主が各自で修復してくれましたので助かりました。有難く感謝申し上げるところであります。
墓石倒壊に加え、建物本体の歪みや内部の仏具等の破損、また日常生活用の器具家具等の破損も相当なものでした。庫裏の方の被害は寺族で考えなければなりませんが、本堂、大広間等については檀家全員で考えなければならないことであります。しかし、檀家でも大勢の方が被害に遭われておりますのでなかなか大掛かりな修理はできませんでした。
こういう状況でしたので、これ以降は、小さな修理を繰り返し騙し騙し建物を維持するということになっていく訳であります。 大地震の二日後、五月二十八日に身延山七面山参拝の団参に出発することになります。数ヶ月前にすでに案内し、参加者も決まり出発するばかりでしたので中止する訳にもいかず出発ということになりました。参加者は私と家内を含めて三十名でした。今改めて参加者の名簿を見てみますと逝去された方が十四名もおり、その方々のお顔や仕草が目に見えるようで懐かしい感じがいたします。
交通手段は法永寺から青森駅まではバスで、青森駅からは、二十一時十分発の寝台特急(ゆうづる6号)で上野駅へ、上野駅から身延へはバスで、身延山・七面山登詣、伊東の蓮慶寺、鎌倉の龍口寺、池上本門寺、柴又帝釈天等を参拝。帰途は、六月二日、上野駅二十一時四十分発の寝台特急(ゆうづる5号)で青森駅へ、そして青森駅からバスで法永寺へ。午前八時三十分帰着。おかげさまで、事故もなく五泊六日の団参を終えることができました。感謝、合掌。
総本山身延山では仏殿で六尺塔婆供養の特別回向をしていただきました。特別回向というのは、私たちのために特別に一座を設けていただき、法要をしていただくということです。その法要で、霊位回向はもちろんですが、日本海中部地震被災地の早期復興のご祈願もしていただきました。参加者は、お題目を唱えながら涙ぐんでおられました。被災地全体の復興はもちろんでありますが、私は法要中、法永寺の復興も併せて願っておりました。
話が後先になりましたが、檀信徒や師父の励ましもあり、昭和五十七年十一月一日に日蓮宗大荒行堂に入行、昭和五十八年二月十日に無事第再々行(壱百日修行を四回=通算四百日の修行)を成満、また入行中に法華経一部八巻二十八品を書写できたことは生涯の記念となりました。
満七十五歳になった私が今この歴史を書いているわけですが、日本海中部地震のあった昭和五十八年、師父は何歳だったのだろうかとふと気になり調べてみますと、六月二十二日で満七十歳、母は十月十八日で満六十四歳を迎えるという年齢でした。
